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一休 真実の探究

野口整体、霊性修行、スピリチュアルなこと、気 エネルギーについて

人間関係

スピリチュアルとかでもよく言われることだが、
ネガティブの強い人、自分と合わない陰をもつ人、不要ならば極力接触は避ける方がいい。
自分の意識をむやみに下げてしまうような人や集まり、自分の気を汚す場などは避けるべしだ。


だがネガティブな人、合わない嫌な人でも、なにかしら因縁をもっている人とは、避けたくても避けられない関わりをもつことになる。
こういう簡単に切れない縁を感じる人、仕事など状況的に深く関わらざるを得ない人など、そういう人との関わりはむしろ積極的に行っていかないといけない面がある。

なぜなら、
こういう人というのは、業を共有して業で繋がったカルマメイトだからだ。
かつて前世のどこかでお互い何かしらのやったやられたの不平不満で繋がっている。そしてそこで残念無念、念を残している。
残したしこりが無くなるよう関係が良くなるよう努めないと、嫌な関係が嫌なまま続いてしまう。


霊性修行というのは、こういったカルマで繋がった関わりを積極的に処理するよう努めて関わっていくという要素がある。
人助け、というのがこれのいい例だ。
ネガティブの強い人、厄介な人でも、何かしらのできる支援をしていく。
仕事でもボランティアでも、こういう人助けの要素のあることを進んで行っている人の身辺には、泥沼のような人間関係とかは起こりにくい。
家族、親族、恋人、友人など、身近な関わりが割合と良好になりやすい。

この辺りの関係を良いものでやっていきたいとか、あるいはここらで苦労を強いられているという人などは、可能な限りそれ以外の関わりで積極的に悪業を潰していったほうがいい。
結果的に身を助けることになる。



人助けといっても幅広い。喜びや楽しみの手伝いをするというのも勿論いいのではあるが、
苦しみや悲しみを越えるのを手伝うといった、より闇の深いものを手助けしていくことの方が大変ではあるが悪業を潰していくという点ではよりいい。
その方が尊いとも思う。


お坊さんというのはこういうことを勉強して知っている人達である。だから本来はもっと人助けの仕事をしているお坊さんがいてもいいはずなのだが、
今の日本のお坊さんたちには、ただ葬儀でお経をあげるだけのお墓の経営者が少なくないように思う。
どうしたものだろうか。


人助けの修行を菩薩行という。

菩薩様は、上の世界で修行をしててもいいものを、わざわざ穢れた人界に降りてきて人々を上の世界に引き上げるのを助けるのである。
お地蔵様はそのためにそこいらの道端にいて、人々を見守っているのだ。

雪が降ったら笠を被せてあげないといけませんね。


一休