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一休 真実の探究

野口整体、霊性修行、スピリチュアルなこと、気 エネルギーについて

苦楽の心

怒りや悲しみといった、の感情を理性で切り離してしまうということは、
同時にをも切り離してしまうことになる。


苦と楽とは、共にある。


感じているものは、
それを自分の一部として使えているところである。

感じることの出来ない無感覚なものは、自分の一部として使えていないところである。


麻痺は、使えないし動かない。


心も同じである。



苦の感情、
すなわち苦しいという感覚を、切り離して放っておくと、
次第に自分から離れ、無感覚になる。


感じられている自分から切り離したものは、
そこで止まったままおいていかれてしまう。


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感じられている部分、
自分の中心と一つに繋がってるところだけが、使えているから進歩し成熟していく。


無感覚へ、置き忘れてきた苦の分だけ、
生きてて楽しいと感じることもできなくなってしまう。


置き去りにされた心も、使えないし動かない。


苦と楽と、表と裏で一つの心である。
感覚していることが、使っているということである。

感じるから動くのです。




もしも、
楽しみも喜びも薄い、虚しさの中で生きているという人がいたら、

それは、苦しみをどこかに置き忘れてきたからだ。


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過去に立ち戻って、
置き去りにしてきた心を、もう一度取りに帰らないといけない。

忘れてほったらかしても、
いずれいつかは取りに帰らされるのだ。


取り帰って手にしたら、今度は泣くなり喚くなりすればいい。


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苦を楽に、裏返せばいい。



一休