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一休 真実の探究

野口整体、霊性修行、スピリチュアルなこと、気 エネルギーについて

パワースポット巡り

パワースポット巡りとか、江原裕之さんが表に出てこられた頃からでしょうか流行っておりますが、
いろいろ注意点はあると感じます。


先日の記事で書いたお寺のように、神様仏様の住まう場所ではなく、
低級霊の住み処、たまり場のようになってしまっているところというのが実際には多くあるというのがまず一つあります。

江原さんのような影響力をもった方が、具体的にどこどこのお寺は良くないとか、名指しで言うことは当然ないと思いますが、
小さな祠や人の手の行き届いていない神社などにお参りするのはやめた方がいいというのはオーラの泉だったかで言っていたのを記憶してます。



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経営側は経営側で、流行りに乗じて商売根性を発揮しているところも多く見受けられます。
それが直接的に見極めの基準とはなりませんが、そういうことをやっているところは当然質が落ちるし、
そうなればそこにお陰を求めて集まってくる人の質、想いの質というのも下がって来ます。
そうして相乗効果で霊的にはどんどん落ちぶれてしまいます。


この置物を撫でると何かの運気が上がりますとか、人寄せのために後付けで作り上げているのでしょうが、、
それらにも良くないエネルギーが貯まってたり、低級な何者かが入り込んでるというのが大概なように思われます。

当然と言えば当然でしょう。
俗っぽい低級な欲を働かせてみんな触ってくわけだから、そしてそれらを浄化する力の備わってるものでないのだから、
悪しきエネルギーが貯まって行くのは当然です。
運気が上がるどころか、、、です。



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楽しいパワースポット廻り、
友達とウキウキ気分で行かれる人の気持ちには水を差してしまうようですが、、
あまり良くないものが、良くない場所が、ざらにあると思います。
楽しい気分で、パワーがもらえる!と思い込んでいるとなかなか気づけないものなのかもしれないですね、、。


しかしそれも、一人で人気の少ない時に行ってみるといろいろ気付けることもあるのではないかという気がします。

自分と神様仏様、一対一で少しゆったりと対峙してみると、ある程度見極められる要素が出てくるのではないかと思います。


不気味だなとか、なんか怖いと思ったら、
その場に一人でながく居られない感じだったらおそらく、
残念ながら低級霊の居場所です。



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神様仏様という高級霊のエネルギーは、怖いとかとは真逆のエネルギーです。
自分の中の高級なエネルギーと感応してそれを引っ張り出します。

それはつまり、自分の中にある本当の望み、願い、心の奥の本心です。


普段は恥ずかしくて言えないとか、言って否定されることが怖いとか思ってるような本当の気持ちです。
信頼している人に、うち明けて受け入れてもらいたくなるような本当の想いです。

それらは心の奥にしまい込んできた痛み苦しみであることもあるだろうし、夢や希望みたいなもののこともあるだろうかと思います。


それらが自然に浮き出てくるのが、高級なエネルギーです。



俗っぽい望みが多い人というのは大概、本当の望み、本心で生きられていない人です。
満たされることがないから、心をごまかすための表面的な形ばかりの望みにすがってしまうのです。

それが神様仏様の力によってより本心で生きて行けるようになることが、
神社やお寺に行くことの一つの意義と私は思います。


もちろん友達と楽しくパワーをもらいに行くのも良いと思うのですが、
あまり軽率な想いばかりだと、低級な存在や低級な場所と縁がよく繋がってしまうので、そこが要注意と思うところです。



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長々と書きましたが、

低級霊の住み処になってしまっているところに行ったからと言って悪影響を受けるとは限らないので、そこは付け加えておきます。

もちろん行かない方が、長居せぬ方が無難ではあります。



一休