未知なる世界 続き
自分が体験する出来事というもの、
なにを受け入れているかで、大きく変わります。
自分ではなかなか気づけない無意識に抵抗をしている、拒んでいる、
無意識に受け入れないでいる出来事は、
体験することはないのです。
無意識に、ありえない、起こりえないと思っていることは、
無いし、起こりません。
体験することはないのです。
無意識に、ありうる、起こりうると思っていることが、
有るし、起こりえます。
意識的には気づかないところで思い込んで決めつけていることに体験は伴ってくるもので、
思い込み決めつけていることが多ければ、
それだけ体験することの範囲も限定され狭まります。
無意識に、というのがここの難しいところで、
通常自分ではなかなか分からないのです。
気づいてみてからでないと、
自分で周りに柵を作って世界を狭めていることが分からないものです。
柵の外に出てはじめて、体験が変わり、自分の生きる見える世界もまた変わって来るのです。
であるから、
修行者の基本的なスタンスとしては、
あらゆることが有りうるし起こりうる、
どんなことも可能である、
なにも否定できることなどない、
それはさすがにないだろうと思ってしまうような、
現状の理解や想像を越えた未知なる理解、未知なる世界に対しても間口を広く開けておくというような、
そういう姿勢が大事になってくると思うのです。
前記事に続いて、こういった内容は言葉で説明するのが難しく上手く書けません。
言わんとしてるところは察してもらえるものでしょうか。
やはり理屈ではないということでしょう。
一休