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一休 真実の探究

野口整体、霊性修行、スピリチュアルなこと、気 エネルギーについて

現世の妙味

現世で生きるということ、エネルギーの性質というものも、
簡単に単純には語れないものが沢山にあるものだなと思います。


自分が多く触れてきたもので一つ言うと、
芸術要素を含む表現には、単純には語れないものを見出だせます。




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音楽、絵画などの作品、
世界的なものから、庶民的な趣向性の強いものまでいろいろとありますが、

これらの中にはネガティブなマイナスな波動を含むのも多くあるものです。



恨み憎しみ、悲しみ、無念の想い、陰鬱、闘争的な荒さ、


さまざまな作品の中にはこうしたネガティブなものがぶつけられ投影されている作品というものも数多く、
程度も種類もさまざまなものがあると思います。



それらにはネガティブでマイナスな波動を含んでいるものもあるから、
ではそれに触れていたら誰しもが悪い影響を受けるのかと言えば、


実際にはそういう単純なことが言えない。



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深い悲しみに潰されているとき、

悲しみの波動に触れることで、心が癒されることがあるのです。



陰鬱な苦しさの中にいる人が、
陰鬱な波動に触れて、心休まることもあるのです。


狂気に翻弄されている人が、
荒い狂気の波動に触れることで、心が鎮まることもあるのです。



こうした経験に心当りのある人は、少なからずいると思うのです。



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エネルギーの原理として、なぜそういうことになるのかは解らない。

解らないが、考察するに同じ波動が干渉することで打ち消し合うのかもしれないという気がする。



ホメオパシー療法の原形は同種療法と言われているが、
それと同じようなことかもしれない。


健康な状態では本来毒になるようなものを、
例えば高熱を引き起こすようなものを、

既に高熱になっている状態で摂取すると、打ち消し合うかのように症状が鎮まるという、

毒で毒が制されるといった療法である。

こうしたものの実績は、毒と薬が本来紙一重であることを示しているものと思う。



ネガティブなもの、マイナスな波動を持つものを、
ただ闇雲に悪いものと決めつけられない難しさと複雑さが、

この現世で生きるということには恒に付きまとっていると私は感じるのです。


修行という角度から、大きく単純化して言えばネガティブは除くべしとなるのだが、
人が生きるという、もっとも複雑で難しいところから語れば、簡単な話にはならない。



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ポジティブとネガティブとを完全に二元化して、
光、輝き、愛、幸せと、

ポジティブばかりを強調して謳っているものも世の中には多く見受けられますが、

私個人としては、そういうのにはどうしてもいまいち真実味を感じられないというか、
芯の無さ、薄っぺらさを感じてしまうものもけっこうある気がします。




現世で人として生きるということは、

やはりそれ相当の複雑で難しい要素を持っているものであり、

だからこそ、
それだけ価値のあるものなのだろうと私は思うのであります。




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一休