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一休 真実の探究

野口整体、霊性修行、スピリチュアルなこと、気 エネルギーについて

宿す力

ある修行者の経験した話です。

その方は、インドのある聖者から水晶のリンガム(神を象った石)をもらい、


それを手に持って日々瞑想しなさい、
そうすればそのリンガムはだんだん大きくなってゆくと言われたそうです。


その方は半信半疑で続けたそうですが、大きくはならなかったそうです。



その後再度その聖者に会う機会があり、大きくならないと告げると、
貸しなさいといって聖者がそれを手に握り祈ると、倍くらいの大きさになったそうです。

そのリンガムは以前誤って落っことした時にできたクラック(ひび)があったのだが、そのクラックもそのまま倍くらいに伸びていたそうです。

そしてそれ以来、疑心を捨てたのだそうです。




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半信半疑で信心が薄かったから大きくならなかったのかもしれない。
あるいは気づかないくらい少しずつ大きくなってたのかもしれない。

わかりませんがこの話、

想いや祈り、信心と、物品とのエネルギーの関係が分かりやすく出ている話に思います。



このリンガムは入魂されているものであり、特定の神のエネルギーに周波数を合わせてあるものです。

想い祈れば祈るほどに、神のエネルギーがリンガムを通して流れてくるので、そこに宿るエネルギーも大きくなってゆくのです。


多くの人々に、善き想いで信仰されている仏像などもこうした形でエネルギーを大きくしております。


反対に、
善き想い、善き祈りを永く受けていないものが廃れてさびれて、力がなくなっているように思われます。
そして、低級霊が入り込んでるものもある。



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こうしたことは人間にも言えることで、

親や周囲の大人から善き愛情をいっぱいに受けて育っている人というのは、
なんというか、自分を信じる力があるというか、
自分の中にある神のエネルギーを思いのまま使えているように思える。


逆にそうした愛情が不足して育っている人は、
自分を信じることにも大きく苦労して、
自分の中に本来持っている力を思うように扱うことがなかなかできない。



神棚、仏壇であれ、お守りのようなものであれ、他にも身近に日々扱っている物であれ、

善き想いで意識を向ける、心を込めて接することで、
善きエネルギーが宿り増して行くものと思います。

いい加減に雑に扱ったり、忘れ去られてしまったものに、
善い作用は望めないであろう。



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人の心身は同じことであります。

修行においては、日々の一つ一つの行いをとにかくきちんと丁寧に、心を込めて行えと言われます。

自分の心と身体を、大事に丁寧に扱えと言われるのです。

私は雑で荒くだらしなかったので、さんざん小うるさく指導を受けてきました。


育ちとその後の生き方で、悪しき習慣化された心と身体の動き、使い方を、
時間をかけて地道に矯正してゆくのが修行であります。

そうやって、自身の裡にある神の力を引き出して使えるようにしてゆくのです。



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こうしたことは、終わることなく一生続く修行であります。




一休