一休 真実の探究

野口整体、霊性修行、スピリチュアルなこと、気 エネルギーについて

エネルギーの継承


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密教の世界では師から弟子へと法の継承、エネルギーの伝授がなされて行きますが、
それにより師と弟子はエネルギー的に深い繋りを持つことになります。

そしてそれは高度なものになればなるほど、繋がり影響し合うものは大きくなると言います。



伝法を受けた弟子がもしそれらを悪用すれば、その負債は当人だけでなく師にも、さらにはそのまた師にも及ぶのです。


だから法を継承してゆくにあたっては、相当に厳格な基準で師は判断をしてゆくことになります。

そう簡単に門外へ出すようなことはしませんし、中身は秘密事が多いのです。

人間的、霊的な成長度合いを厳しく見極めて、相応しくない者には高度な法は決して伝授しないという、
そういったなかで受け継がれてきているものが法力です。




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巷にはいろいろな沢山のエネルギー系のヒーリングがあるようですが、
これらも決して全くの例外ということではないと思います。

簡単に普及できるような性格のものだから、おそらくはさしたる問題はないのでしょうが、
とは言え小なりは影響し合っているものが無いわけではないと思います。


自分としては、
いくら簡単に伝授できるからと言って、あまり考えなしに誰にでもかまわず伝授してしまう傾向の見られるこうした分野を、本当に大丈夫なのだろうかと思う面があります。




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高度な法力の伝授では、師が弟子の持つカルマ(業縁)や穢れを大きく引き受けるものが出てくるのです。

透明なきれいな水の入ったコップがあるとします。
これが師であり、それに対し、

汚れて濁った水の入ったコップが弟子です。

法を伝授するとは、この二つをひとつに混ぜてから、また元の二つに戻すということと同じだとのことです。


これは解脱に関係する相当に高いレベルの伝法の話なので、もっと低度のもので同じことは言えませんが、
要素としてはこういった面を持っているのがエネルギーの伝授というものなのだと思います。



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心から信頼をおくことのできないような人との間で、ビジネスライクに伝授をしたりされたりが軽率に行われて何の問題もないのだろうか?
私は少々思うのです。



一休