神社 寺院の感想
近頃、時間のとれた時に神社かお寺に行ってみたくなることがあります。
以前は修行修行という感じだったが、最近少し気楽に出かけてみるのも心地よく感じられるようになっている。
そんなにあちこち行ってないのだが、それらの画像をあれこれ見ていて感じることがある。
お寺に関しては、エネルギーが濁ってたり、低級霊がいたり、良くない感じのところがかなり多そうということである。
画像で見てるだけだし、気、エネルギーとはすごく多要素なものだからあまり簡単に言えるものでもないと思うが、
仏像のあるところは特に状態が悪く見える。
実際、鎌倉の円覚寺に行った時もそうだった。
仏陀と縁のある自分としては、本尊も釈迦如来だし、その付近特有の土地のエネルギーの感じが好きだし、とても気に入ったところなのだが、
本尊のいるお堂の中は、やはりマイナスなエネルギーの濁りが強かった。
本来の釈迦如来のエネルギーも、汚れた膜で覆われてしまっているような、そんな感じでした。
これが掃除されてクリアな空間になったら、きっととんでもないエネルギーだろうなと思いました。
濁って汚れている原因は、訪れる人の心の穢れが一番大きいのではないかと私は考えています。
それの積もり積った、積年のものではないかと思いますが、
どうしてこんなにまでなってしまうのかとも思うところです。
それに対し神社はその多くが良好なエネルギーで、人がぞろぞろ集まる本殿の前も、ひどく濁ってるようなところはあまりなさそうに思うのです。
江原さんが神社ばかりを勧めているのも、この辺の理由が大きいのかなとも思います。
なぜ神社と寺院ではこんなに差があるのか、、、わかりません。
一休